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呪いは、からくりがわかれば全部解けます。

「◯◯だと××なことが起きるから、△△にしないとダメ」というのが、ちゃんとした因果律で書かれているならソレは呪いじゃないんだけど、「紙おむつだと赤ちゃんの感覚が鈍くなるから、布オムツにしないとダメ」とか、「母乳じゃなかったから、風邪を引きやすい子になった」とか、「母親が働いているから、子どもがうまく育たなかった」とか。

一呼吸置いて、ちょっと考えたら因果律が働いていないのは、全部呪い。

だから、心無い言葉を目にしたり、妙なことを周りから言われたり、子供に「こんなお母さんでゴメンね」って謝ってばっかりになったら、「あ、呪われたんだ。呪いを解かなきゃ」って思って、力を抜きましょう。

他人と意見が違ったら、とりあえず「キミの言う通りだ」と言ってみる。
そして、自分と意見の違う人の頭の中ではどういう推論がなされているのかを想像的に追体験してみる。
これは脳の容量を拡大するきわめて効率的な方法である。
他人が言っていることの意味がわからなかったら、とりあえず「にっこり」笑って、「ふんふん、で、それって具体的にはどういうことなの」と訊いてみる。
これは他人の知性のパフォーマンスを上げるよい方法である。
どう考えても、「バカと話す」よりは「賢い人と話す」方が愉快であるし生産的でもあるので、自分と話す相手の知性を向上させるためには不断の努力を怠ってはならぬのである。
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マサチューセッツ工科大学には古くから伝わる言い回しがある。「消火栓から水を飲むためには、ストローを使う必要がある」(大量の物事を受け入れるには、少しずつ処理する方法が必要である)。

人によってキャッシュの量は違うけども、人間は頭の中に止め置ける情報量(短期記憶)に限りがあるので、メモを書くことでそれを消して(インデックス化してあとで思い出せるところへしまって)、次のことへ集中できるつくりになっている。メモをなめてはいけない。



人間は、複数のことを同時に抱えれば抱えるほど、処理能力や判断能力がどんどん低下するので、短期記憶をすばやく消して次へ次へと上書きする習慣つけなくちゃダメですよ。

小学校に「大縄跳び」って催しがあったよね。アレって運動神経が鈍い子にとっては拷問だったと思う。先生方は「たくさん跳んでみんなで喜びを分かち合う」ことを狙ってるんだろうけど、当の子どもたちは「失敗してみんなから非難されたくない」っていうネガティブなモチベーションが働いてるんだよね。

「給料が低くてもモチベーションを保つ方法」っていうコラムを読んだんだけど、その前に「給料が低いのにモチベーションを保つ理由」について教えてほしい。

そもそも判断とは限られた資源(時間、情報など)の中で行うものです。全ての情報を知り得ることができない以上、「知らないことがあって、判断が間違う」こともあると理解すべきです。

問題を解くまえに、

その問題を作ったのは誰なのか、
その問題を自分たちに提示している仕組みは何か、
その問題は何故生まれたのか、
それを解くことの意味はなんなのか、
問題自体が間違っている可能性はないのか、

という問いかけが大切なのだ。

生産性の低い現場には「しか」がじつに多い。
 「私しかできない」「彼にしか任せられない」「これしかやらない」など、仕事が属人化し、放置されたままになっている。標準化がまったく進んでいないのだ。
 一方、生産性の高い現場では「でも」が多い。
 「誰でもできる」「新人でもこなせる」など、標準化が確立され、誰にとっても「当たり前」になっている。
 「しか」を「でも」に転換するということは、多能工を育てるということだ。
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